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藤田恵美一本勝負! SCD−1 vs No.31L+No.30.6L♪(アーカイブ)

藤田恵美一本勝負! SCD−1 vs No.31L+No.30.6L♪

ここ一ヶ月ほど、新規導入を果たしたSACDプレーヤー、ソニーSCD−1と拙宅CDプレーヤー軍団の精鋭たちとの聴き比べにあけくれていた。

そこで感じたのは、SACDにはSACDなりの、CDにはCDなりの音の良さ、味わいがあるということ。

デジタル信号の形態が、DSDとPCMとでは根本的に異なるので、同じデジタル領域のフォーマットとは言えSACDとCDの聴感上の違いがあるのは当然だが、その聴こえ方にはかなり異なるものである。

単純にスペックだけでみれば、SACDはCDの64倍の容量を誇る訳なのだが、それでは、上位フォーマットのSACDがCDよりも遥かに良い音なのかというと、そう単純ではないところがオデオの面白いところだ。

まぁ、そうであれば、諸々特性が著しく劣るアナログなど、当の昔に消滅していてもおかしくないはずだが、消滅するどころかSACDやCDなどのデジタルメディアを食う勢いで人気を博していることからも「スペックよければ全て良し」でないことが歴然と分かる。 

スペック偏重の落とし穴にはまることなく、各々のフォーマットを偏見なく接し聴きこむことで、オデオ人としての幅も広がるのではないだろうか。

そうはいっても、読者諸兄は、やはり、SACDとCDとの音の違いが気になるところだろう。

今回は、CDプレーヤーの代表として、拙宅CD軍団のドン、マークレビンソンのNo.31L(トランスポート)+No.30.6L(DAコンバーター)とSCD−1との音の比較を、1枚の代表的なSACD/CDハイブリッドディスクを介して検証してみたい。

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この比較には、SACDとCDとの音質の比較以外にも面白要素が含まれている。

前述したように、SACDはCDの64倍の容量、単純に同じ(SACD)プレーヤーで、両方のレイヤーを再生した場合、SACDが音質上、上回ることは歴然だろう。ならば、プレーヤーの価格差でフォーマットの差を埋めることができるか否か、も興味深いテーマだろう。

CDプレーヤーのマークレビンソンペアはトラポ+DACで合計500万、SCD−1は50万と、価格差10倍もある。しかも、発売年はほぼ一緒なので比較しやすい。この価格差が64倍の容量差を埋めることができるか、まずオデオ誌ではやらない面白い検証であろう(笑)

そして、試聴ディスクとして、数多あるディスクから最終的にチョイスしたのが、アジアのオーディオクイーン(と呼ばれているらしい(笑))藤田恵美の「ココロの食卓」(SACD/CDハイブリッド盤)だ。

レコーディングからプレス、盤質まで徹底的にこだわりにこだわりぬいたアルバムで、盤面に緑の特殊インクを施した「音匠仕様」となっている。ある意味、熱烈なオデオファイルがつくりあげたディスクともいえる。その音質は、完璧とまでは言わないまでも、ポップス系ヴォーカルアルバムとしては、おそらく世界の五指に入るであろう卓越したハイクオリティを有している。

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前作のベスト盤は「camomile Best Audio」のタイトルどおり、まさにオデオに軸を置いた高音質盤で、アジア各国のハイエンドオデオショーのほとんどのブースで使われたことから、香港や台湾のオデオファイルの間では、藤田恵美を「アジアのオーディオクイーン」と呼ばれるようになったようだ。

「ココロの食卓」は前作「camomile Best Audio」を更に越えるクオリティで収録されており、また、藤田恵美のアルバムでは唯一日本語での歌唱であるため、今回の試聴ディスクにチョイスした。

「camomile smile 」という新作もでているが、日本語の母音が持つ美しさを顕著に聴かせる「ココロの食卓」が、ネイティブジャパニーズである小生には、オデオ的により判別しやすいディスクであると判断した。

「ココロの食卓」高音質のキーマンとなるのが、“かないまる”ことソニー・ホームエンタテインメント事業本部主幹技師の金井隆氏である。諸々の超高音質盤のクレジットにはその名を見かける人物だ。
「かないまるのホームページ」
http://kanaimaru.com/

本ディスクは、ソニーの品川テクノロジーセンターの23階の通称「金井ルーム」で各エンジニアや藤田恵美本人を交え、“音”の面で徹底的に検証されCD用、SACDの2ch用、マルチ用にミックスされた。

本ディスクで特筆すべきところは、各々楽曲ごとの響きの美しさ、生々しさだ。本作品のレコーディングは、秩父ミューズパーク音楽堂、一口坂スタジオ、原宿アコスタジオ、クレッセントスタジオの4箇所で行なわれているが、秩父ミューズパーク音楽堂で収録された3曲が格別である。

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※「藤本健のDigital Audio Labolatory」より

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「アザミ嬢のララバイ」の収録は、演奏との調和と良質なトーンを求め、ステージ上ではなく敢えて客席の一番後ろに立って歌っている。レコーディング時の試行錯誤がうかがえるワンシーンだ。

小生も別件で何度か秩父ミューズパーク音楽堂を訪れ、そのホールトーンを自分の耳で聴いているが、実に柔らかく温もりがあり耳馴染みの良い良質な響きである。

今回は、秩父ミューズパーク音楽堂で収録された「酒と泪と男と女」「アザミ嬢のララバイ」「ゴンドラの唄」の3曲を中心に、各々の楽曲の異なる響きを味わいながら試聴することにした。

プリアンプにはマークレビンソンML−10Aをメインに、同じくマークレビンソンNo.38SLも随時使用。パワーアンプはアキュフェーズM−1000ペアとした。

SCD−1の背面にあるスライドスイッチは「カスタムポジション」とした。通常は「ノーマルポジション」で固定されているが、これはSACDの持つ50KkHz以上の高域信号でアンプ系がトラブルを起こさないためのスイッチだ。今回はSCD−1の能力をフルに発揮させるため、50kHz以上も再生する「カスタムポジション」を選択した。

スピーカーのK2はパイオニアのスーパーツィーターを付加することにより120kHzまでの帯域を確保しているため、SACDへの対応能力は十分だろう。

先攻はSCD−1から。聴くのは勿論、SACD2chレイヤーだ。

まず一聴してわかるのが、驚くほどのダイナミックレンジの広さ。本アルバムはヴォーカルとアコースティック系の楽器を使った比較的コンパクトな編成での楽曲のため、通常ならばそれほどDレンジを意識しないのだが、普通に歌っているパートからフォルテの部分になると、声が生々しい音圧を持ってグンッとせまってくる。M−1000のデジタルメーターをみると驚くほどの数字をしてしている。

これが、マーラーやブルックナーのシンフォニーでのfffなら分かるのだが、電気信号を介した人間の声でこれほどの圧力を感じるとは驚きである。まさに、人間の“生の声”のDレンジを見事に再現しているのだろう。ベースの低域の量感も深く豊かで、地を這うような雰囲気が素晴らしい。

「酒と泪と男と女」イントロ部のアコースティックギターの響きが実に繊細で瑞々しい。ウッドベースも深みのある沈み込みをみせる。倍音が実に豊かに空間に広がって行き、ヴォーカルを包み込むような優しさを感じる。

オデオ誌でSACDを評価する時、よく「空気感に優れている」という言葉を目にすることがあるが、小生がより感じたのは、空気感というよりは、もっとよりリアルな“気配”を立体的に感じさせるスーパーリアリズム的な音像描写だ。

楽器やヴォーカリストの配置を立体的に描くことはCDでも可能だが、SACDでは実際の楽器の奥行き、人間の胸の厚さ、その立ち居地の距離感などを3D映像でも見ているかのように明確に音場上に描ききる。 

ブレスする瞬間、ヴォーカリストが鼻から空気おを吸い、歌と共に口から息を吐き出すのが気持ち悪いくらいリアルに再現する。楽器を演奏する奏者のこまやかな仕草が手に取るように分かる。この“気配描写”と“3D的奥行き”の再現がSCD−1で聴くSACDの特徴だ。

「ゴンドラの唄」、藤田恵美のヴォーカルがpppで消えてゆく際の響きの減衰の美しさといったら、もう筆舌に尽くしがたい素晴らしさだ。確かに秩父ミューズパーク音楽堂のホールトーンが見事に活かされいる響きである。

いい事尽くめのSACD再生ではあるが、敢えて皮肉れた物言いをすれば、あまりにもリアル過ぎる空間描写のため、何かしら作為的な、人工的な違和感を感じなくもない。これは、あたかもフルスペックハイビジョンの毛穴の中のカスまで見えてしまうような超高精細映像に違和感を覚える感覚と似ている。

ここまで聴くと、SCD−1の圧勝か、やはり絶対的なスペック差は埋めようもない差となってCDの音を凌駕するのか、と思ってしまう。さて、迎え撃つ旧デジタルフォーマットCD軍の旗艦No.31L+No.30.6Lはどのような反撃を聴かせてくれるのであろうか。

当然、聴くのは「ココロの食卓」のCDレイヤーである。

やはり、このペアは凄い音である。音場の奥行き感こそSCD−1で聴くSACD音に及ばないものの、天地、左右の広がり空間全体のエアボリュームはレビンソンペアに軍配が上がる。ヴォーカルやバック演奏の楽器群ひとつひとつの“厚み”が他のCDプレーヤーとは一線を画する。個々の音像にこれでもかとギッチリ身が詰まったような充実感。なかなかこの感覚を言葉で表現するのは難しいが、一般的なオデオタームでいうなら“密度感”の高さであろうか。

音場が、音像が、ぶ厚く、有機的な空気の流れを感じる。ぶ厚いとは言え、音像がダブついたり、音楽の細部が不鮮明になることなく、実に緻密な表現だ。SCD−1単独で聴くと決して温度感が低いとは感じないが、レビンソンペアと比べると若干クールだ。レビンソンペアでは触れれば藤田恵美の肌の温もりがこの手に感じられるほど肉感的な実在感に満ちている。

「酒と泪と男と女」のギターやチェロの木質的な響き「アザミ嬢のララバイ」のピアノやアコーディオの温かみのある音色は、SCD−1よりも更なるリアリティを感じる。

藤田恵美のル・クルプ時代のヒット曲をボサノヴァ風にアレンジした「陽だまりの詩」、冒頭のスキャットのエコー感は小空間のリアル・トーンを感じさせ、まるで目の前で歌っているような錯覚を覚える。間奏のピアニカもリアルの一言。陳腐な表現でお恥ずかしいが、これぞまさに「原音再生」と言える。

レビンソンペアの再生音を、目をつぶり聴いていると、かつて憧れを持って聴いたトーレンス・リファレンス+SPUやゴールドムンド・リファレンスなどの弩級アナログプレーヤーの肉厚でスムースな再生音が思い起こされる。まるで目の前に100Kg超の黄銅製のマンモススプラッターが正確無比な糸ドライブで回転しているようだ(笑)

不思議ではあるが、SCD−1は“デジタルの音”、レビンソンペアは“アナログの音”を想起させる。

SCD−1の“気配描写”と、レビンソンペアの“原音再生”、もはや優劣つけ難し、である。総合的には僅かにレビンソンペアのほうがリードしている感があるが、これはあくまで小生の好みとも言え、絶対的な評価ではない。アンプやスピーカーなどの組み合わせる機器、試聴ディスクが変われば、また各々の評価は変わる可能性もある。

いやはや、デジタルとはかくも高みに到達しているのか、と実感させられた今回の比較視聴であった。
今後も折を見て、この両者の潜在能力を探っていこうと思う。

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